boulangerie545の暇つぶし

所持金ゼロから元パン屋が上京して再び出店するまでの日々雑感。倒産、離婚、全てリセット、初めての転職、二度目の転職、関東に移住←今ココ

初々しさ

今年初めて冷房を付けた日の夜、23時からはベビメタの4回目となる過去のライブ配信だった。

イギリスWEMBLEYアリーナでの日本人初ライブ。

 

当時はまだ福岡にいたので、この歴史的な瞬間を体感しようとイギリス...では無く、ZEEP福岡の生ライブビューイングにて観覧。人生初のスクリーン映像によるライブだったのだけど、ライブ会場さながらの爆音と盛り上がりで普段のライブ同様に満足したのを覚えている。

 

当時ZEEP福岡があった場所はペイペイドーム横(今は多分移設されていると思う)。

ドーム周辺は埋立地でありリゾート施設やホテル、大使館や高級マンションが立ち並ぶエリア。こちらで言うと台場とか有明の雰囲気に良く似ている。

地元ではこの福岡タワーを中心としたこのエリアを総称して「百道」(ももち)または「百地浜」(ももちはま)と呼んでいた。デートスポットでもあり家族の行楽スポットでもあるこの一帯は、個人的にも初めてパンの世界に入った土地でもあって色々と感慨深い場所だ。

ちなみにベビメタの現在のダンサーの一人は博多華丸氏の娘で名前は岡崎百々子(ももこ)ちゃん。地名の百道が関係しているからは不明だ。 ←書くなw

 

 

ピエトロ初の製パン部門が出来たのはドームのすぐそばにあったハイアットレジデンシャルの1階。今はハイアットで検索しても出てこないので経営が変わったのかな?(27年前だしな)

もう時効だろうから書くけど、当時たまたまピエトロにてパン部門に回された私はwここで熊本から引き抜いて来た有名製パン技術者、福岡の赤坂地区で同じく有名だった製パン技術者、ピエトロトップのパテシエ、日本製粉トップの技術者に囲まれて製パンの基礎を学び始める事になる。

 

当時の私の頭の中は、料理以外の知識や情報がほとんどなかったのでそんな恵まれた環境だとは全く分かっていなかったのだけど、パン屋は過酷と言うのをみっちり体感した思い出の場所。(笑)

 

お店はホテルの開業に合わせてオープン予定で入社当時はまだ完成していなかったので、研修は東区の箱崎にある日本製粉内の技術センターで行われた。製粉会社の技術センターとは、小麦粉の開発からレシピの開発、全国の様々な形態&規模のパン屋に技術指導や講習会を行う場所。なので当然パンを作る設備はそこら辺のお店よりも充実、定期的に開かれる講習会ともなれば九州または全国各地から製パン技術者が集まってくるような場所でもあり、製粉工場も併設されていたのでかなり広大な施設。また、製粉会社の技術者を長期間貸し切ると言うのも異例で、会社が相当お○を積んだのかな?と熊本から来たシェフが言っていた。

 

製粉会社の技術者はこの技術センターにて日々研究を進めている。お店では不可能な科学的な実験&検証を繰り返し確かなデータを元に開発、改良を行うのだから一般的なパン職人レベルにとっては神的存在。全国レベルの有名パンの数々は実はここから誕生していると言うパターンも多く、未だ全てが解明されていない発酵という特殊な工程を必要とする製パンには欠かせない存在だ。料理業界においてはその企業やお店のオーナーシェフのトップこそがほぼ頂点の存在。開発、その他に協力する事はあっても、そのシェフの上に立って言及する材料メーカーは聞いた事が無い。なので、製パン業界は規模を問わずこの技術者に対して全く頭が上がらない様子はちょっと衝撃的な出来事だった。

 

研修はピエトロスタッフが当初私を含めて三人+その技術者の計四人で行われ、1ヶ月の予定でスタートした。最初は見るもの聞くもの全てが新鮮!技能から科学的な講習まで毎日朝から晩までみっちり行われいた。

巷に出ているほぼ全てのパンを網羅しながら技術取得&同時にメニュー開発もする感じだったので、研修がスタートすると家がたちまちパンだらけとなった。(笑)

それまでパン屋で買っていたものと言えば食パン、バターロール、菓子パン、調理パンなどごく普通の日本的な商品。それがいきなり本格的なライ麦パンやフランスパンをはじめ、ベーグル、パネトーネやカヌレ、今まで見た事も無かったような欧州各国を代表とするハード系パンを実際に自分で作り、初めて見るパンに出会う事がもう楽しくて仕方が無かった。

 

しかしオープン日が近づくにつれ、プロ二人+ど素人の私一人で本当に大丈夫か?と言う不安が日に日に増し、オープンまでに克服しなきゃならない技術も沢山ある。一度仕込むと途中で待った!が効かない製パン作業、気になる技術(作業)はあっという間に通り過ぎてしまう。私以外はプロ中のプロ、私が気になる所とは全く違う方向に研修が進む事も多く、益々何が分からないのか?が分からない状態に陥った。笑

 研修終盤は店のコンセプトやメニュー作り、工程や作業内容も変更の連続で、パン部門の店長やピエトロ上層部との意思疎通が不十分な状況なども発生、研修よりも会議が多くなり、そんな事より早くあんぱん包めるようにならなきゃ!って感じの私は自分のことで一杯一杯だった。

 

そんなこんなで素人含めたたった三人でオープンしたお店。(販売スタッフやバイトちゃんはいた)当時九州にある全店舗分のレストラン用パンも作っていたのでやってもやっても終わらない日々が続いたなー。

 

そんなピエトロのパン屋のオープンは、自分にとっては人生に何度か訪れる大舞台の最初の一つでこの業界でずっとやって行こう!と言うきっかけになった大きな出来事。

 

うちに秘めた自信はあっても分からない事も多く手探り状態でもがいていたあの頃。

 久しぶりに見たベビメタ初のイギリスアリーナでの公演の1曲目は、そんな不安な部分がちょっとだけ見る事が出来て今とは全く違う雰囲気を持っていた。

 

規模やジャンルは違えども、ベビメタの初々しさに懐かしい思い出が重なってしまった。

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ほうれん草入りカルボナーラー。

濃い〜&旨い!