boulangerieの暇つぶし

元パン屋で都内タクドラの雑記。パン、料理(自炊)、音楽、映画、インテリア、酒、車、旅行...元嫁と質素で楽しい暮らし。

今日はワタスが真面目に記しておりまする

ワタシはおじぃ(祖父)を2人とも知らない孫でございます。ダディがたのおじぃは、脳疾患で早くに亡くなったそうです。おばぁもワタシが小学校低学年で脳疾患で亡くなっているので二人の事をほぼ知りませんの。  

4人のおじぃおばぁで唯一長く生きてくれたマミーがたのおばぁ。ワタシはとにかくおばばっこで、長期休みは3回ともおばぁの家に最初から最後まで泊まりっきりで密に過ごしました。幼少期、そのおばぁから「おじぃは戦争で亡くなっている」という事だけ聞いておりました。家には軍服を着た物凄く綺麗な顔立ちの凛とした姿の遺影があったので、コレは誰だ? おじぃだ。その程度でございました。月日が経ち中学生の頃だったでしょうか。同じく長期休みで入り浸っていた時に一回だけ「おじぃは戦争が終わって帰還中にロシアから船を爆撃されて北海道沖で亡くなったんだ」と言った事がございました。

社会の授業は「昼寝の時間」と決めていたので(←この頃から現在のワタシ育成中)、歴史を知らないワタシは何故終わってから??と不思議に思ったもののそんなに多くを語るおばぁではなかったので、詳しくを聞きそびれております。

その間も週末は毎週のようにおばぁの家に行っておりましたらば、数回おばぁが留守のことがあったのでございます。 どこへ行ったんだ?靖国だ。おじぃはそこに眠っている。それだけ聞かされて、その時も詳しく聞く事も教えてくれる人もおらず、そうこうしているうちにダニエル氏と知り合い23で結婚、息子が生まれ選挙や新聞をみては歴史を知らない事実を痛感致しました。

家庭を持ち色んな苦しい事辛い事があり、マミーに泣き言を漏らした時に勧められたのが三浦綾子先生の著書でございます。「塩狩峠」「氷点」「細川ガラシャ夫人」「泥流地帯」「銃口」・・と読み尽くしていき初めて戦争ということを考えるようになりました。「天北原野」という本を読み進めた時に、まさしく北海道沖爆撃の話が詳しく記されており「おじぃはこれだ!」と何度も何度も読み、それからおじぃの遺影を違う感情で眺めるようになったのです。

福岡から夫婦で都内へ来る事があり、どこへ行く?とダニエル氏が言うので「靖国に行ってみたい」とお願いして初めて訪れました。 おじぃ来たよ。孫だよ。お疲れ様でございましたと話しかけ遊就館で名前を探しましたが、遺骨も遺品もないおじぃの名前があるわけもなく退散でございます。門を出る時は別れ難く、絶対また来るからねと誓ってそれから10年後。ワタシはダニエル氏の元(関東)へ来たのでございます。

そして今年も8/15がやってきます。今年は保守派を悪目立ちさせるようなメディアの報道、当日は参拝を控え家で静かに祈りました。そもそもおじぃは終戦後没なので命日はその後だし。日付には拘らず、あんな記事を書きながら仕事中のダニエル氏に「明日か明後日靖国行きたい」とお願いしたところ、「じゃあ千鳥ヶ淵にも行こう」と。無知なワタシはどこそれ?? お勉強をちゃんとしている方はご存知でしょうが、氏名もわからずいわば無縁仏の戦没者遺骨の墓地なんだそうでございます。

boen.or.jp

 

さざれ石 君が代に出てきますね。

 

コレなんというお花? おじぃが歓迎してくれるが如く空は晴れ渡って綺麗な石碑でございました。

 

こういう碑でございます。

おじぃは多分こっちにいそうな気がするねと話しながら歩みました。

 

百円で菊の花を一輪づつ買い献花し手を合わせてまいりました。

墓苑はとても手入れが行き届き、美しい場所でございました。メディアで一回も聞いた事がなかった千鳥ヶ淵墓苑。ダニエル氏が言ってくれないと一生知らぬまま過ごすところでございました。もしここにいるのならば。おばぁも一緒にいるはずであろうなと、参拝できてなんていうのか表現がわからないけれど、なんだか心がスーッとしたような感で後にしました。

 

そして靖国へ。

人気のない千鳥ヶ淵墓苑と違いこちらは参拝者も多いです。千鳥ヶ淵でおじぃはこっちにいる!という気がしてならず、靖国は何故行ったかと申しますとおばぁはいつも靖国に参拝していたからでございます。ワタシ落ちこぼれも落ちこぼれプロテスタントクリスチャンですが、

 

おじぃとおばぁのを思い、戦友の皆様を思い二礼二拍手一礼で参拝いたしました。

 

おばぁの強烈な思い出。 おばぁはいつも穏やかで、鼻歌を唄い、カカカっと掠れ声で笑っていて怒るという感情があるんだろうか?というような人でございました。そのおばぁと中学の頃どこかの御霊を参拝しに出かけた時の事です。軍服を着用し片腕がない方が「第二次世界大戦で腕を失いました。」と募金を募っておられます。当時からなーんにも考えていなかったワタシはおばぁに、募金せんの?と問うたら「命があるだけ感謝して生きろ!」と、大声を出し怒りを露にしたのです。 一生で一度きり。おばぁの怒り姿をみたのはその時だけでございます。

 

A級戦犯がー、宗教がー、神格化がー・・実にくだらない。

 

たった一度の怒りを見せるほどに辛く苦しく悲しく耐えた一生を終えた遺族がいるのです。そして当然その遺族を置いて無念に散った命が祀られているのです。そういう場所なのでございす。

 

ダニエル氏とワタシは、毎年2箇所とも参拝しようと誓い合い後にしました。

 

ワタシが一番好きな君が代

youtu.be

 

 

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

 

アンジー