boulangerieの暇つぶし

元パン屋で都内タクドラの雑記。パン、料理(自炊)、音楽、映画、インテリア、酒、車、旅行...元嫁と質素で楽しい暮らし。

琴平へ その2 〜うどん編〜

夕食に大満足し部屋に戻ると二次会開始。前回の伊勢旅行では早々に寝てしまったので今日は可能な限り付き合おう!と思っていたけど仕事明けの為2時前にはダウン、娘と寝室へ。マツコとアンジーは4時過ぎまで飲んだくれておりました...

 

翌朝、そのまま泊まっていたマツコと共に朝食へ。半ヴァイキングシステムが素晴らしく最高のスタート。

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あらかじめ用意されている食事に
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ヴァイキングでチョイスしたものをプラス。

 

部屋に戻り準備を整えるとまずは中野うどん学校へ。琴平は、「うどん」では無く「うどん屋」発祥をうたっている所。約300年前の屏風に描かれていのは、麺棒で生地を伸ばす様子、軒先に商店を示す看板がある事がその証拠だそうだ。ならば!ベタではあるがここでうどん作りを体験しない手は無い。体験は娘と二人で参加、アンジーは付き添いという形で撮影担当。

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受付を済ませて2階に上がると多数の先客。しかも皆どうみても10代と若い。テーブルに座るとまるで今から調理実習の講習を受ける雰囲気で、妙にテンションの高い周りの若人も元気でこちらも気分が若返る。しかしこの時点ではあの様な事になるとは夢にも思わず...

 

しばらくするとマイクを持った先生?が現れ講習開始。最初は完成した生地を伸ばす作業を体験。粉に対し44%程度の吸水の為、固く締まった生地は可塑性が劣り伸ばすのにコツがいる。講師の説明でコツを聞きなるほど!納得!特に最終段階で生地を麺棒に巻き付けたまま伸ばす工程は初めての作業で目から鱗の発見があった。伸ばした生地は包丁でカット後容器へ。その後小麦粉から練って生地を作る作業へ。何故工程が本来の逆なのか?その答えはタンバリンが登場する事で何となく察しがついた。このイベントの最大の山場がコレだからだ。(恐らく笑)

 
 
 
 
 
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その他昭和の曲に見事に合わせる若人集団。生地を踏んで捏ねる娘は大変そうだったけども、若者のおかげで大盛り上がり!お前ら!楽しかったぞ!!ありがとうー!!

そしていよいよ!この後金毘羅宮に行くのであるが、たった今持ち帰ったうどんを食べたので感想を。うどん学校では、あらかじめ用意されていた生地はカット後すぐに食べるor持ち帰るの二択で自分で捏ねた生地は全員持ち帰る。私たちはこの後金毘羅宮に行くので持ち帰った。

これを茹でて完成。

だし醤油をかけて釜玉で頂く

これがなかなか旨かった。表面はツルツル、適度なコシともちもち感は市販のうどん麺では絶対に味わえないお味だった。で、旅行中から色々と調べていて気になっていた事の一つに、讃岐うどんの特徴である「コシ」はいつから?と言う疑問があった。と言うのも、国産の小麦粉では「コシ」に必要な良質なタンパク質→グルテンがどうしても不足するはずで、近年品種改良が進み、ようやく国産小麦でも良いパンが焼ける様になったのはここ10数年前からのお話(パンが出来るならコシの強いうどんも可能かと)。なので、江戸時代にはあったと言われるうどん屋のうどんは果たして「コシ」があったのだろうか?となるのは自然で、ならばいつから?となっていた。調べていると1960年前半が輸入小麦(オーストラリア産)に切り替える転換期になった(凶作で)→その後最初の大阪万博(1970年)が全国に「讃岐うどん」の名が知れ渡るきっかけとなったとある。現在では讃岐うどんは香川の小麦で!と言う事で2000年に誕生した「さぬきの夢」と言う中力粉が再び脚光を浴びている。じゃあ答えは出てるじゃん!とならないのが食文化の面白い部分でもあって、例えば福岡のうどんの歴史も古いのだけど、あの柔らか麺の誕生はせっかちな商人が茹で置きしていたのが最初のきっかけと言う単純なものから、香川の場合は、小麦以外の材料である塩、醤油、いりこの生産が盛んだった→米の生産が厳しい干ばつ時の代用食として一般に根付く→製麺所が客の希望でうどんを出す→セルフのスタートと言った具合に色んな要素が絡み合って徐々に出来上がって来た流れがある。また、雨が少ない瀬戸内海式温暖な気候は小麦の栽培に適しており、輸入小麦に切り替わる前は元来良質な小麦粉が栽培されていたのかな?と考える事も出来るので、その場合うどん屋発祥の時点で他の土地より「コシ」が強かった可能性も大きい。なので、うどん学校での質問をあれこれ考えていたのだけども、あのカラオケ大会で全部忘れてしまったではないか。笑 とっても楽しかったから良いけどね!

 

麺棒と一緒にこちらの巻物付き

答えは無くても良い、あれこれ考えるのが楽しいんです!

 

中野うどん学校に行きたくなった方はこちら↓↓↓🙇